村上春樹
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内容(「BOOK」データベースより)
暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。僕は一九六九年、もうすぐ二十歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱し、動揺していた。限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。
内容(「BOOK」データベースより)
あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと―。あたらしい僕の大学生活はこうしてはじまった。自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品。
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駄作だとか名作だとかなんかやたら評価がわかれてますが。
私はこれを、読んでる最中は嫌いだった。直子やワタナベ君に感情移入して悲しいのではなく、物語の悲しさに巻き込まれて、自分が悲しくなってしまった。おおげさだけど、この世界にひとりぼっちになってしまったような気分になった。
けどこれを読み終わって、これを他人に薦めてみようと思えた。ラストも大して気に入らなかったのに、その心境の変化は謎だけど。
他人に読んでもらって、私のように悲しくなるのかを確かめてみたかった気もする。
何で直子は死んだのか?
完全に読者の想像におまかせって感じ。もしくは、まあわかるでしょ?って言いたいのかもしれない。私にはわからなかったけど。
主人公の周りでは簡単に人が死にすぎる。そして、簡単に寝すぎる。
エロスとタナトスを淡々と表現してみたらそうなっちゃったのかっていうと決してそうじゃないんだろうけど、村上春樹の好き嫌いが分かれるのはそれを受け入れられるかそうじゃないかってトコですよね。
まあ私だってこれと『
パン屋再襲撃』しか読んだことないんだからそんなのえらそうに語るべきじゃあないんだろうけどさ。あれもなかなか不思議な話だよね。
悲しい話だったけど、パン屋よりはこっちのほうが好きかな。
大分終盤に差し掛かってきてて、ページ数もあと少ししかないのにレイコさんとワタナベ君はすき焼きとかし始めちゃって、私は直子の死からまだ立ち止まってあれやこれや考えてるのに、まさか直子の死についてはそのままで終わる気?とか俄かに眉間にしわを寄せたりしてたけどそのまさかで。
直子が死んだのは突然で、直子の死によるワタナベ君の放浪の旅は私には途方もなく意味不明で。
直子はワタナベ君を愛してはいなかった。そう思う。
キズキ君の傷を癒してくれるあたたかい手を求めていただけじゃないかな。
ワタナベ君もちゃんとそれをわかってた。絶対に手に入らないけど、でもそのうちなるようになって、自分の手の中にやってくるんじゃないかってなんとなく思ってた。きっとそう。
普通死んだ人間が、しかもそれが重要な人間なら、そいつとの回想シーンってよくあるけど、たいして入ってこなかったんですね。一瞬あったっけ。あくまで『過去の人間』であり『現在存在しない人間』っていうのを強調してるみたいで物悲しい気がするのは深読みしすぎかな。
なかなか忘れてたけど、これは30歳を少し越えたくらいのワタナベ君が、20歳すぎの自分を振り返ってる話じゃなかったか?
作者はその設定を途中で忘れてしまったんじゃないか?って思ってしまうくらいその設定どうでもよくなってる。
別に過去の話じゃなくって現在進行形の話でもよかったんでない?
『過去』にこだわっている物語だから、それも『過去』の話にしてしまうことのほうが自然だったのかもしれないけどね。
幼い頃からずっとずっと一緒だったひとを死という形で失うことは、自分の喪失にも繋がるのかな。
この本がこんなに悲しいのは、死に満ちているからなのかもしれない。